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- 2014.01.09
- 共済を実感した瞬間 !
年明けの海が朝日を反射してキラキラと輝いている。穏やかではあるが漣が立っているからだ。時折ハクセキレイが干潟すれすれに飛んでは、すぐに着地して長い尾をふりながら忙しなく歩き回っている。
心臓の手術をしてから、はや2年が過ぎた。退院をして自宅療養をしている間リハビリを兼ねて少しずつ距離を伸ばしながら、こうして海を散歩するのが日課であった。
幼い頃からあまり丈夫な方ではなく、健康には自信がない。そんなわけで、色々な病を経験してきた。それでも命に関わるような大病は患わなかったのだが、今度ばかりはちがっていた。
ちょうど今回の心臓手術の3年前に遡るが癌を宣告された。初期の前立腺癌である。毎年の人間ドックの度に上昇を続ける数値から、ある程度は覚悟していたのだが実際に宣告された時は血の気が引いた。
今は癌であっても種類にもよるのだろうが、早期発見できれば全く心配はないことぐらい知ってはいたのだが、何故かこの時は「癌即死」という思いが頭の中を支配してしまったのである。
治療方法はいくつかあって、当時日本では導入をされてまだ5年位しか経っていないという、放射線を放出する小さな針のようなものを前立腺に直接埋め込む小線源療法という方法を選んだのだが、これがまた混んでいて約1年間順番を待たなければならなかった。
しかしその間何もしなかった訳ではない。男性ホルモンの分泌を遮断する薬を注射することになった。男性ホルモンの分泌を抑えるわけだから、当然女性ホルモンが優位になる。
主治医の先生がおっしゃるには、髭が生えなくなったり、顔がふっくらとしたりして、女性化してくるというのである。
実際そうなった。ある時こんなこともあった。乳が膨らんできたのだ。シャツが触れてすれるととても痛い。乳腺科という診療科に行くように勧められた。思春期の女の子と同じ現象とのことであった。
「例えオネエさんになっても日常生活に支障がなければ構いません」と言ったら。先生は笑って「そういうことにはなりません」とおっしゃったので、ちょっとほっとした。
早速、古くからの友人であるオネエに女性化していることを伝えたら、「それはとっても良いことだわ~」と、あのオネエ独特の言い方で褒めてくれた。
そんなこんなで、あっという間に一年が経ち、このホルモン療法だけでも癌を示す数値はずいぶんと小さくなっていた。
小線源療法実施の日を迎えた。肛門からは棒状のエコーを挿入し、自動小銃のような形状の器具で放射線を出すブラキと呼ばれる小さな針が数十発、直接前立腺に打ち込まれた。
そして放射線が消える期間である一年が経過し、無事治療を終えた。その後も特に大きな副作用(多少はあったのだが、その内容を考えると、とても文章にはできないので書かない)もなく日常生活を送っている。
この時も医療共済に入っていて本当によかったと思った。小線源治療というのは手術とちがって癌を切り取るわけではないので、処置後は短期間の入院で済む。また、放射線治療なので給付についてはあまり期待していなかったが、治療費は高額だし困っていたら、給付された額を見て安堵した。期待していなっかった分、この時はとてもうれしかったことを思い出す。
手術をしてくれた先生と先生を紹介してくれた友人、療養を支えてくれた兄姉や職場の仲間、そして経済的に大きな力になってくれた共済に感謝をしながら今も当時と同じコースを歩いている。
JP労組 南関東地方本部 小林 茂徳