HOME > 新着情報 > - 忘れられぬ光景  赤ハラ編 - (十勝シリーズ:第5話)

新着情報

2013.11.22
- 忘れられぬ光景  赤ハラ編 - (十勝シリーズ:第5話)


 どんな人も60年近く人生を経験すると思いがけないサプライズを経験することがあると思う。
かく言う私も未だに夢だったのか幻だったのか釈然としない事態を経験したことがある。


◆目にも鮮やかなご馳走
 
その一つは良く晴れた6月中旬頃だった。畑の作付けを終えた父親が突然、蕗を取りに行くと言い出した。ちょうど蕗が美味しくなるシーズンに入っていたので裏山にでも行って越冬用の蕗を確保するのかな位に軽く考えていた。
 
今でも一部では行われていると思うが、当時は蕗を漬けて冬場の食糧にすることが当然のようにどの家庭でもなされていた。漬け方も家々の秘伝があり、蕗の茎が自然色のまま変色しない漬け方が理想とされていた。当然、濃い緑を保ったままの蕗は見た目も美しいが味も良かった。
 
我が家も近所の名人から教えを乞い、母親はその年の漬け方を既に決めているようであった。父親は事前に近所の仲間に声を掛けていたようで蕗を取りに行くと言ってから30分も経った頃に1.5トントラックが我が家の庭に横づけになった。
 
そのトラックに乗り込み向かった先は裏山ならぬ足寄町の螺湾川(らわんがわ)であった。どうせ漬けるなら旨い蕗を漬けようとなったらしい。ラワン蕗は背丈が2メートル以上にもなり茎の身が厚く柔らかいのが特徴であった。今でも多くのファンを持つ美味しい蕗である。当時は人工的に
栽培されたものは無く全て天然のみであった。


◆じぇじぇじぇ
 
トラックは1時間半ほど走って螺湾川の支流に入った。支流は川というよりは側溝に近い趣を呈していた。川というには申し訳ないほどの川幅である。ちょうど水田の畔を流れる用水のような流れである。川幅も50センチほどしかない。
 
始めはずいぶんと色の黒い川だなぁと思っていた。川に架かる橋の手前でトラックを降りて蕗取りの鎌を持ち川の土手まで来たときだった。何気なく川を覗くと太陽に反射する赤い線が川の流れに沿って下流から上流まで縞になってつながっているではないか・・・何じゃこりゃ・・・今風に言えばじぇじぇじぇである。しばらく眺めていると赤い縞の正体はウグイであることが分かった。
 
ウグイは繁殖期には体側に赤色の太い線が出るので「赤ハラ」と呼ばれている。黒い色は赤ハラの背であり何千いや何万匹の赤ハラが重なりあって川を覆い尽くし、下流から次々と上流の赤ハラの背に飛び乗って行くのである。
 
川は赤ハラで盛り上がり、余りの数で水を得られない魚は腹を太陽にさらしてキラキラと輝くのである。すごい光景だった。川は私の立っている土手の下流も上流も赤ハラでビッシリだった。
螺湾川本流の全ての赤ハラが此処にいるのかと思えるほどの凄まじい光景だった。


◆あれは夢か幻か?
 
繁殖の為に川を遡上しているのだろうが、にわかには信じられない光景であった。今までにあれだけの魚が遡上する光景は見たことが無かったからである。
 
一週間ほど後に再び同じ川の支流に入ったが赤ハラの気配は完全に消えていた。川の流れは透明で、周囲は野鳥の声が響く静かなたたずまいを取り戻していた。
 
あれだけの魚は一体何処へ行ったのか、見た光景は幻だったのか・・・不思議な感覚を未だに抱いている。



                                    ポストライフ 常務理事 佐々木 貢
  


HOME > 新着情報 > - 忘れられぬ光景  赤ハラ編 - (十勝シリーズ:第5話)